11月6日(木曜日)
昨晩から、間欠的に滝のような雨が降り、落雷の稲光が不気味に空を照らしている。テレビのニュースでは、イタリア各地で洪水や山崩れなどが起こっていると報道している。朝食を食べ終わっても、この雨では外に出ることもできない。10時少し前、雨が止んだので観光に出かける。まずは、テルミニ駅前にあるディオクレティアヌス浴場跡へ。
テルミニ駅と浴場跡の間の緑地には、ラムセス2世のオベリスクが建っている。オベリスクを見つつ数十メートル行くと、巨大なラウンドアバウトの中央に噴水がある共和国広場。この下には地下鉄A線の駅がある。共和国広場に沿って建てられている建物は、かつてのディオクレティアヌス浴場のエクセドラに沿って建てられている。広場のもう一方には、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会の不格好な入口がある。かつてのカルダリウム(熱浴室)の円筒形の壁をそのまま利用しているので、湾曲した入り口になっている。その入り口を入ると、テピダリウム(温浴室)の円筒形の部屋が、そのまま教会の翼廊になっている。教会の身廊はかつてのフリギダリウム(冷浴室)だ。内装は完全に中世の教会風に変えられてしまっているので、単に部屋の外形がかつてのローマ浴場の部屋割りに一致しているというだけだ。
教会のある1ブロックをぐるっと回ってみると、ほかにもローマ浴場跡の構造物を再利用した建物がいくつかある。ローマ・コンクリートは丈夫なので、現代でも十分建物の柱や壁として利用し続けられるのだろう。
教会の裏手のディオクレティアヌス浴場博物館に入場する。入場料は7ユーロ。かつての浴場建物の外、外壁と囲まれた間のギムナジウム部分(?)と建物外にまたがって造られた「ミケランジェロの回廊」が、この博物館の見どころのようだ。回廊の壁や、中庭部分には古代ローマ時代の墓石や石像が所狭しと置かれている。
雨ざらしになっている屋外に置かれた墓の碑文を読みながら歩いていると、「IMP CAESAR DIVI F / AVGVSTVS / PONTIFEX MAXIMVS / TRIBVNIC POTEST … 消えてて読めん」 =「インペラトール・カエサル・神君アウグストゥス・最高神祇官・最高指揮官…」と書かれているものがある。けっして大切に保存されている雰囲気でもないが、なかなか意味深の文章の冒頭部分だ。
博物館の2階は、古代ローマ以前の埋葬方法の展示だ。火葬にしたのは、ローマ文明だけの特質だったのだろう。古代ローマ以前は土葬だったようだ。室内展示を見学しているときに、外は土砂降りの雨が降っていた。入口の所にあるミュージアムショップで、アウレウス金貨とデナリウス銀貨の「複製品」が7ユーロで売っていたので購入。コインホルダーに入れて、本物っぽく見せられないことはないのだろうけれども、よ〜く見ると「WRL」(= Westair Reproductions Limited)という小さい刻印が押されているのであくまでも模造品だ。本物のデナリウス銀貨と並べてみると、写真だけではあまり判別は付かない (笑
次に浴場跡の斜め向かいにある国立博物館 マッシモ宮に入る。こちらは、皇帝・皇族の胸像や彫像がたくさん展示されている。地下は銀行の金庫室のような金属製の扉の中の部屋に、古代ローマ時代から現代までの硬貨が展示されている。アウレリアヌス金貨とアス銅貨はたくさん展示されていたが、実質的に最も広く流通していたデナリウス銀貨がほとんど展示されていなかった。
博物館の最上階は、ローマ近郊のドムス(邸宅)から移設されたフレスコ画が展示されている。展示室のパーティションを発掘現場の建物の壁に一致させ、内装を移設してきた豪華な展示だ。
博物館を出て、共和国広場から少し北へ行くと、道路の壁面に噴水が埋め込まれている。現在はモーセの泉と呼ばれているが、かつて中世にこの泉が造られた時は、フェリクス水道の泉とされていた。公共施設や、接続料金を支払ったドムスやヴィッラ(邸宅)には水道が直結されたが、インスラ(集合住宅)に住む一般市民などは泉に水を汲みに来ていたそうだ。このモーセの泉ができるまでは、隣の丘にあるトレヴィの泉まで水汲みに行っていたそうだ。
泉の碑文は『 SIXTUS V PONT MAX PICENUS / AQUAM EX AGRO COLUMNAE / VIA PRAENEST SINISTRORSUM / MULTAR COLLECTIONE VENARUM / DUCTU SINUOSO A RECEPTACULO / MIL XX A CAPITE XXI ADDUXIT / FELICEMQ DE NOMINE ANTE PONT DIXIT 』となっており、『ピケヌス出身のローマ教皇シクストゥス5世が、コルムナエ村のプラエストル街道の左側にある幾つかの水源から、およそ20ローマ・マイルの水道を建設し、教皇になる以前のフェリクスという自らの名前を水道に付けた』と読める。これなら、庶民でも分かる簡単な解説文としては的確なものだ。
■ バルベリーニ 13:56 → ヴィットリオ・エマニュエレ 14:02 (地下鉄 A線)
バルベリーニ広場から地下鉄でヴィットリオ・エマニュエレ広場にもどり、数日前に夕食を食べたインド料理屋で、ココナツカレー(4ユーロ)を食べる。
■ ヴィットリオ・エマニュエレ 14:32 → スパーニャ 14:40 (地下鉄 A線)
スペイン広場駅で下車し、駅の出口からさらにエレベーターに乗ってスペイン階段の頂上まで一気に登る。スペイン階段の最上部に、ラムセス2世のオベリスクを、古代ローマ時代に複製したものが立てられている。この場所は、観光客に付きまとう悪質な物売りが多数いて、私にもサッカー選手の名前を言いながら寄ってきて、妙なひものようなものを売りつけようと手をつかんできた。日本人の中で、サッカーに興味ある人は1割か2割程度なのに、サッカー選手の名前を言って興味を持つとでも思っているのだろうか…。
スペイン階段を降り、まっすぐ西へ向かう。テヴェレ川を渡ると、最高裁判所の巨大な建物がある。その正面入り口の左側に、キケロの像がある。古代ローマで最も弁が立った元老院議員だ。
裁判所前からテヴェレ川の下流方向に歩いていく。西の空に真黒な雲が接近してきている。稲光も光っているので、もうすぐどしゃ降りの雨が降ってくるのだろう。円柱型のハドリアヌス廟(中世に砦に改造されて、いまはサン・タンジェロ城と呼ばれている)がある。ここで雨が降り出せば、城に逃げ込むしかないが、残念ながら雨はまだ降ってはこない。テヴェレ川を再び渡り、東へ。ドミティアヌス競技場跡(現 ナヴォーナ広場)に向かう。競技場跡がそのまま長細い広場になっていて、中央には、マクセンティウスの競技場から移設したオベリスクがそびえている。空全体が真っ暗になり、冷たい風が吹いてきたかと思うと、雨が降り出した。広場の中央部に面した教会に逃げ込む。広場にいた多くの観光客も、周囲の建物に一斉に避難しているようだ。
30分ほどで雨も小降りになったので、外へ出て観光を続ける。
ナヴォーナ広場から東へ。パンテオンの少し手前の建物の壁に、ネロ浴場の円柱が2本だけ残存している。ネロ浴場は、ドミティアヌス競技場とパンテオンの間にあったのが、古代の地図を見ると分かる。パンテオンの南側にも、アグリッパが建てた小規模の浴場があり、パンテオンの建物の南端外部がに不自然につけられたエクセドラは、おそらくこのアグリッパ浴場のものだろう。付近の路地には、1カ所だけ建物の外壁柱にアグリッパ浴場の柱を流用したところがあり、道路にレンガ造りの浴場の柱が飛び出して見えている。
普通の観光客が興味を持たないような、単なるレンガの柱などを熱心に写真撮影していると、団体観光客などから怪訝な目で見られる。旅行ガイドブックは中世の教会芸術中心に掲載していて、地味な古代ローマ遺跡はあまり載っていないので仕方ないのだろう。
アグリッパ浴場とネロ浴場の南側には、ポンペイウス劇場が存在した。現在残っているのは、トッレ・アルジェンティーナ広場に残る神殿跡だけだ。劇場本体と列柱廊を挟んで反対側にあるこの神殿跡付近が、ユリウス・カエサルが暗殺された場所として有名だ。
劇場本体の方も見に行ってみる。いまでも半円形の客席部分の形に合わせて、道路と建物が湾曲しているところがある。ちょうど湾曲している建物にホテル・ポンペイウス劇場というのもある。
南へ行き、テヴェレ川の畔に出たら、東へ。しばらく行くと、巨大なシナゴーグがある。このあたりは、古代ローマ時代もユダヤ人街だったそうだ。シナゴーグの横にオクタヴィアのポルティコ跡がある。金属足場で囲まれて修復中なので、全体の姿を見ることはできない。ポルティコの横は、マルケルス劇場(円形劇場)がある。カエサルの甥のマルケルスが手掛けたもので、完成させたのはアウグストゥス帝だ。内部は、インスラに改造されて人が住んでいるそうだ。
テヴェレ川の中州のティベリーナ島に向かう。かつて、アスクレペイオンがあったそうだ。いまは、その位置に教会がある。川は、上流で大雨が降っているため、茶色い濁流になっている。
さらに少し南へ行くと、真実の口で有名な教会がある。このあたりは、フォルム・ロマヌムなどの基幹施設ができる前から、フォルム・ボアリウムという名前の都市遺跡だった。円筒型の勝利のヘラクレス神殿や、四角柱型のフォルトゥーナの神殿などが、テヴェレ川沿いの緑地に建っている。
■ チルコ・マッシモ → テルミニ 17:43 (地下鉄 B線)
夕食は、昨日は行ったイタリア料理店で食べる。トルテッリーニのクリームソース添えと、仔牛肉のレモンソース添え、デザートにケーキ1切れ、ミネラル水で10ユーロ。食後、スーパーに寄ってホテルに戻ると、大雨が降り出した。